九州の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を次世代に引き継ぐ
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九州の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を次世代に引き継ぐ

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九州の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を次世代に引き継ぐ

「田中さんが辞めたら、あの仕事は誰もできなくなるんですよ」

熊本市の精密機器メーカーで品質管理部門の責任者がそう言ったとき、私は「田中さん」が特別に優秀な人だからではなく、田中さんの持っている知識やノウハウが組織として共有されていないことが問題なのだと感じました。私はこれまで500社以上の企業で人事に携わってきましたが、九州の中小企業でこの「属人化」の問題を抱えていない会社に出会ったことはほとんどありません。

暗黙知とは、言葉やマニュアルでは表現しきれない、経験を通じて獲得された知識や技能のことです。熟練の技術者が「ここは手加減が必要」と感覚的にわかること、営業のベテランが「このお客さんにはこういうアプローチが効く」と直感的に判断すること。こうした暗黙知は、九州の中小企業の競争力の源泉であると同時に、最大のリスクでもあります。

なぜなら、暗黙知はその人がいなくなれば組織から消えてしまうからです。九州の企業は今、団塊世代の完全引退と人材流出という二重の課題に直面しています。ベテランの持つ暗黙知を形式知——つまりマニュアルやデータベース、研修プログラムなど、誰でもアクセスできる形——に変換することは、組織の存続に関わる課題です。

この記事では、九州の中小企業が暗黙知を形式知に変えるための具体的な方法を考えていきます。


暗黙知が失われるとどうなるか

技術の断絶

大分県の自動車部品メーカーでは、溶接技術のベテラン職人が定年退職した後、不良率が一時的に3倍に跳ね上がりました。マニュアルには「溶接温度は〇〇度」「角度は〇〇度」と書いてありましたが、実際の現場では材料の状態や気温によって微妙な調整が必要で、それはベテランの「感覚」に頼っていたのです。

不良率の上昇は直接的なコスト増加につながります。その企業では、一ヶ月で約200万円の追加コストが発生しました。これは、暗黙知の消失がいかに大きな経済的インパクトを持つかを示す端的な例です。

顧客関係の劣化

営業のベテランが持つ暗黙知は、単なる営業テクニックだけではありません。取引先のキーパーソンの性格、過去のトラブル履歴、商談のタイミング、値引きの許容範囲——こうした情報は顧客管理システムには記録されていないことがほとんどです。

福岡市のシステム開発会社では、営業部長が転職した後、主要顧客3社との関係が急速に悪化しました。後任の営業担当が「前任者から引き継ぎを受けた」つもりでしたが、実際に引き継がれたのは案件リストと連絡先だけ。「この顧客は金曜日の午後に連絡すると機嫌がいい」「この担当者は他社との比較資料を嫌がる」といった暗黙知は、一切共有されていませんでした。

業務効率の低下

ベテラン社員は、マニュアルにない「近道」を多く知っています。特定の業務を効率的にこなすための手順、よくあるトラブルの回避方法、関係部署との調整の勘所。こうした暗黙知が失われると、後任者は試行錯誤を一からやり直すことになり、業務効率が大幅に低下します。


なぜ暗黙知の形式知化は難しいのか

「言語化できない」という壁

暗黙知の最大の特徴は、本人もそれを言葉にできないことが多いという点です。「なぜそうするのか」と聞くと「長年の経験でわかる」としか答えられない。これは本人が意地悪をしているのではなく、本当に言語化が難しいのです。

長崎県の造船会社で、鉄板の曲げ加工を40年間担当してきた職人に「どうやって曲げ具合を判断するのか」と聞いたところ、「叩いた音でわかる」と答えました。しかし「どんな音なら良いのか」と聞くと、「うまく言えないけど、いい音がするんだ」としか言えない。この「いい音」を形式知にすることが、暗黙知の形式知化の本質的な難しさです。

ベテランの抵抗感

暗黙知を共有することに対して、ベテラン社員が心理的な抵抗を感じるケースがあります。「自分の知識を出し尽くしたら、自分の価値がなくなるのではないか」という不安。「若い人は楽して覚えようとする。自分は苦労して身につけたのに」という思い。これらは人間として自然な感情であり、否定してはいけません。

佐賀市の食品工場では、漬物の味付けを40年間担当してきたベテランが、レシピの文書化を求められた際に「舌で覚えるもんだ」と断固拒否しました。しかし、人事が「あなたの技術を後世に残したい」という文脈で改めてお願いしたところ、態度が軟化しました。ベテランのプライドを尊重しながら、「組織の財産として残す」という目的を丁寧に伝えることが大切です。

時間と余裕の不足

九州の中小企業のベテラン社員は、日々の業務で手一杯です。暗黙知を文書化する時間も、後輩に教える余裕もない。「そんなことをしている暇があったら、目の前の仕事を片付けたい」——これが多くのベテランの本音です。

暗黙知の形式知化を進めるためには、そのための時間を業務の一部として正式に確保する必要があります。「余った時間でやっておいて」では、永遠に進みません。


暗黙知を形式知に変える4つのステップ

ここでは、野中郁次郎教授の「SECIモデル」を参考にしながら、九州の中小企業が実践できる方法を紹介します。

ステップ1:共同化(Socialization)——まず一緒にやる

暗黙知を引き出す第一歩は、ベテランと一緒に仕事をすることです。マニュアルを読んだり、座学で教わったりするのではなく、隣に立って同じ作業をする。師匠と弟子の関係に近い形です。

宮崎市の鋳物工場では、ベテラン職人の隣に若手を3ヶ月間常駐させる「帯同期間」を設けています。この期間中、若手は自分の業務を持たず、ベテランの作業を観察し、手伝い、質問するだけです。一見非効率に見えますが、3ヶ月後に若手は「マニュアルには書いていない判断基準」を体感的に理解するようになります。

この段階で大切なのは、「見て覚えろ」と放置するのではなく、ベテランに「今なぜそうしたのか」を意識的に言葉にしてもらうよう促すことです。質問する側も「なぜですか?」だけでなく、「こういう場合はどうするんですか?」と具体的なシチュエーションを提示すると、暗黙知が引き出されやすくなります。

ステップ2:表出化(Externalization)——言葉にする

共同化で感じ取った暗黙知を、言葉や図に変換するステップです。ここが最も難しく、最も重要な段階です。

具体的な方法として効果的なのが、「動画撮影+インタビュー」の組み合わせです。ベテランの作業を動画で撮影し、その映像を見ながらベテランに解説してもらう。「ここで力を入れている」「ここで色が変わったら次の工程に移る」といった具体的な判断基準が、映像をきっかけに言語化されます。

北九州市の金属加工会社では、ベテランの研磨作業を8アングルからカメラで撮影し、その映像を元に「なぜここで手を止めるのか」「どこを見て仕上がりを判断するのか」を詳細にインタビューしました。その結果、従来のマニュアルには書かれていなかった15の判断基準が明らかになりました。

もう一つの方法は「ストーリーテリング」です。ベテランに過去の失敗事例や成功事例を語ってもらい、それを記録する。「あのとき、こうしたからうまくいった」「あのとき、こうしなかったから失敗した」というエピソードの中に、暗黙知が凝縮されています。

ステップ3:連結化(Combination)——体系化する

表出化で引き出した知識を、他の知識と組み合わせて体系化するステップです。バラバラのメモやインタビュー記録を整理し、マニュアル、チェックリスト、判断フロー、FAQ集などの形にまとめます。

鹿児島県の焼酎メーカーでは、杜氏の知識を以下の三つの形式にまとめました。

  • 判断基準マニュアル:各工程で「何を見て」「どう判断するか」を写真付きで記載
  • トラブル対応集:過去に発生した品質トラブルとその対処法を時系列で整理
  • 季節別調整表:気温・湿度による製造工程の微調整ポイントを月別にまとめたもの

この三つの文書は、それぞれ単体でも役立ちますが、組み合わせることで「杜氏の頭の中にあった知識」に近い情報を後任者が参照できるようになりました。

ステップ4:内面化(Internalization)——実践して身につける

形式知化された知識を、後任者が実際に使いこなせるようになるステップです。マニュアルを読むだけでは身につきません。実際に手を動かし、失敗し、フィードバックを受けながら、形式知を再び自分の暗黙知として取り込んでいく過程が必要です。

大分市の半導体工場では、形式知化されたマニュアルを元に若手が実作業を行い、ベテランがその場で「ここはもう少しこうした方がいい」とフィードバックする「実践演習」を週2回実施しています。マニュアルだけではカバーしきれない微妙なニュアンスが、この反復練習を通じて若手に伝わっていきます。


暗黙知を引き出すインタビューの技術

質問の設計

暗黙知を引き出すためのインタビューでは、「どうやっていますか?」という漠然とした質問は避けます。代わりに以下のような具体的な質問を使います。

  • 「この作業で一番気をつけていることは何ですか?」
  • 「初心者がよくやる失敗は何ですか?」
  • 「今まで一番困った場面はどんな場面でしたか?どう対処しましたか?」
  • 「もし後輩に一つだけアドバイスするとしたら、何を伝えますか?」
  • 「この仕事を始めたばかりの頃と今で、一番変わったことは何ですか?」

録音・録画の活用

ベテランの言葉をすべてメモすることは困難です。許可を得た上で録音・録画し、後から文字起こしすることで、取りこぼしを防げます。最近はAIによる文字起こしサービスも充実しており、録音データを自動でテキスト化できます。

福岡市のコンサルティング会社では、ベテランコンサルタントの顧客ミーティングを(顧客の許可を得て)録音し、その中から「ここがポイント」という箇所を切り出して研修教材にしています。生の会話の中には、教科書には載っていない実践知が詰まっています。

複数人からの聞き取り

同じ業務を複数のベテランに聞くことで、共通する暗黙知と個人差のある部分を区別できます。共通する部分は組織の標準知識として形式知化し、個人差のある部分は「複数のアプローチ」として記録しておくのが効果的です。


デジタルツールの活用

動画マニュアル

文字だけのマニュアルでは伝わりにくい作業も、動画なら一目瞭然です。スマートフォンで撮影するだけで十分。高価な機材は不要です。

熊本県菊池市の農業法人では、トラクターの操作手順や作物の状態判断を動画で記録し、社内のファイル共有サービスに保存しています。新人は自分のペースで繰り返し視聴でき、ベテランは何度も同じ説明をする手間が省けます。

社内Wiki・ナレッジベース

暗黙知を形式知化した文書は、誰でもアクセスできる場所に保管する必要があります。Notion、Confluence、Google Docsなど、ツールは何でもかまいません。大切なのは「一箇所にまとまっている」ことと「検索できる」ことです。

長崎市のシステム開発会社では、Notionに「ナレッジベース」を構築し、プロジェクトごとの教訓、技術的なTips、顧客対応のノウハウを蓄積しています。新しいメンバーが入社した際の立ち上がりが格段に早くなったと、マネージャーは評価しています。

チャットツールの活用

日常のコミュニケーションツールであるSlackやTeamsのチャンネルに、「今日学んだこと」「こんなとき、こうしたらうまくいった」という投稿を促す文化を作ることも効果的です。これは形式知化のハードルを下げる方法であり、日々の業務の中で自然に暗黙知が蓄積されていきます。


暗黙知の形式知化を組織文化にする

評価制度との連動

暗黙知の共有を「いいことだけど、余裕があればやる」というレベルに留めていると、忙しくなった途端に止まります。人事評価の項目に「後輩への知識伝承」を組み込むことで、ベテラン社員が暗黙知の共有に時間を使う動機づけができます。

佐賀県の電子部品メーカーでは、ベテラン社員の評価項目に「技術伝承への貢献」を追加し、具体的な行動指標として「月に1回以上のナレッジ共有会への参加」「年に2件以上のノウハウ文書の作成」を設定しています。

「知識は組織の財産」というメッセージ

暗黙知の形式知化を進めるためには、経営者が「個人の知識は組織の共有財産である」というメッセージを明確に発信する必要があります。「知識を囲い込む人」ではなく「知識を共有する人」が評価される組織文化を作ることが、長期的な取り組みの基盤になります。


まとめ

暗黙知の形式知化は、九州の中小企業にとって喫緊の課題です。ベテランの退職、人材の流動化、事業承継——これらの局面で暗黙知が失われることのリスクは計り知れません。

しかし、暗黙知を100%完璧に形式知にすることは不可能ですし、その必要もありません。大切なのは、「何が暗黙知として存在しているのか」を組織として認識し、できるところから言語化・体系化・共有を始めることです。

まずは、自社の中で「この人がいなくなったら困る」という業務を洗い出すことから始めてみてください。そして、その人の持つ知識やノウハウを、少しずつでも引き出し、記録していく。完璧なマニュアルを作る必要はありません。メモ書き程度でも、何もないよりはるかにましです。

私が九州の企業の現場で繰り返し見てきたのは、「もう少し早くやっておけばよかった」という後悔です。ベテランが元気で現場にいる今のうちに、その頭の中にある知恵を組織の財産として残す取り組みを始めることをお勧めします。

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