九州の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長交代」だけでは終わらない、組織の世代交代のリアル
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九州の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長交代」だけでは終わらない、組織の世代交代のリアル

#評価#組織開発#経営参画#制度設計#マネジメント

九州の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長交代」だけでは終わらない、組織の世代交代のリアル

「息子に会社を継がせるのは決まっているんだが、それ以外の幹部が全員60代で、誰もついていく人間がいない」

鹿児島市の老舗の土木会社の社長(68歳)が、深いため息とともにそう語りました。私はこれまで500社以上の企業で人事に携わってきましたが、九州の老舗企業が抱える事業承継の課題は、「後継者を誰にするか」という問題だけではないことを強く感じています。

事業承継というと、多くの人は「社長の交代」を思い浮かべます。しかし実際には、社長一人が代わっても組織は回りません。経理を30年間一人で回してきたベテラン社員、取引先との関係を築いてきた営業幹部、現場の技術を支えてきた職人——こうした「人」の持つ知識・経験・人脈の承継なくして、事業の承継は完了しません。

九州には創業50年、100年を超える老舗企業が数多く存在します。長い歴史と地域との深い結びつきを持つこれらの企業が、次の世代に事業をつなげるためには、「事業の承継」と「人材の承継」を同時に、計画的に進める必要があります。


九州における事業承継の現状

深刻な後継者不足

中小企業庁のデータによれば、九州7県の中小企業のうち、後継者が決まっていない企業の割合は60%を超えています。特に、従業員20人以下の小規模企業では、後継者不在率がさらに高くなります。

経営者の高齢化

九州の中小企業の経営者の平均年齢は60歳を超えており、「いつまでに承継を完了させるか」のタイムリミットが迫っています。しかし、多くの経営者が「まだ自分が元気だから」と承継を先延ばしにしているのが現実です。

黒字廃業のリスク

業績は好調でも後継者がいないために廃業する「黒字廃業」が増えています。九州経済調査協会の推計によれば、後継者不在による廃業が今後10年で増加すると見られており、地域経済への影響は計り知れません。


「事業承継」と「人材承継」を分けて考える

事業承継の要素

  • 経営権の移転(株式の承継、代表者の交代)
  • 事業戦略・ビジョンの引き継ぎ
  • 取引先・金融機関との関係の引き継ぎ
  • 経営に関する暗黙知(判断基準、経営哲学)の伝達

人材承継の要素

  • 幹部人材の世代交代
  • 技術・技能の承継
  • 顧客関係の引き継ぎ
  • 組織文化・社風の維持と発展
  • 人事制度の見直しと次世代対応

多くの企業が事業承継については税理士や弁護士と相談しながら進めていますが、人材承継については計画的に取り組んでいないケースが大半です。しかし、人材承継が伴わない事業承継は、器だけ引き継いで中身が空っぽ、という状態になりかねません。


人材承継で陥る5つの落とし穴

落とし穴1:幹部の一斉退職

現社長と同世代の幹部が、社長の退任とともに一斉に退職する。この「幹部の空洞化」は、新社長にとって最も厳しい状況です。

長崎県の老舗旅館では、先代社長の退任から2年以内に、番頭、料理長、経理部長の3名が相次いで退職。新社長は経営の柱を一度に3本失い、経営の立て直しに3年を要しました。

落とし穴2:暗黙知の消失

「あの人に聞けばわかる」が通用しなくなる。ベテラン社員が退職した後に、「あの取引先との特別な取り決め」「この機械の調整方法」「あの書類の保管場所」など、文書化されていない情報が次々と失われていく。

落とし穴3:新旧のギャップ

新社長と古参社員の間で、経営方針やマネジメントスタイルの違いから軋轢が生まれる。「先代はこうだった」という比較が繰り返され、新社長のリーダーシップが機能しない。

熊本市の建材メーカーでは、新社長が業務のデジタル化を進めようとしたところ、古参の営業部長が「うちはそういう会社じゃない」と反発。結局、営業部長が退職するまで改革が進まず、2年間のタイムロスが生じました。

落とし穴4:後継者の孤立

後継者が社内に味方を持たないまま社長に就任し、孤立する。特に、外部から招聘した後継者や、長く社外で経験を積んでから戻ってきた後継者に起きやすい問題です。

落とし穴5:人事制度の陳腐化

先代の時代に作られた人事制度(評価、報酬、昇進の仕組み)が、新しい経営方針と合わなくなっている。しかし制度を変えることに対する社内の抵抗が強く、手をつけられない。


人材承継の具体的な進め方

フェーズ1:承継3〜5年前——準備期間

幹部候補の早期選抜と育成

承継の3〜5年前から、次世代の幹部候補を選抜し、計画的に育成を始めます。選抜の基準は「現在の実力」よりも「伸びしろ」と「経営への関心」です。

大分市の食品メーカーでは、事業承継の5年前から、30代の中堅社員3名を「次世代幹部候補」として選抜し、以下の育成プログラムを実施しました。

  • 月1回の経営会議へのオブザーバー参加
  • 年2回の外部経営塾への派遣
  • 半年に1回の経営課題プレゼンテーション
  • 現社長との月1回のメンタリング

5年後、3名のうち2名が取締役に就任し、スムーズな経営の世代交代が実現しました。

暗黙知の文書化プロジェクト

ベテラン社員が持つ暗黙知を、計画的に文書化する作業を始めます。業務マニュアル、取引先リスト、技術ノウハウ集など、「あの人がいなくなっても困らない」状態を作ります。

宮崎市の酒造メーカーでは、杜氏(とうじ)の技術をビデオ撮影し、温度管理や発酵の判断基準を数値化して記録。「五感に頼る判断」を可能な限り言語化・データ化することで、後継の杜氏が学びやすい教材を作りました。

フェーズ2:承継1〜3年前——移行期間

段階的な権限委譲

一気に全権限を後継者に渡すのではなく、段階的に権限を移していきます。まず日常業務の意思決定を委ね、次に人事権を委譲し、最後に経営全体の舵取りを任せる。

佐賀市の建設会社では、以下の段階で権限委譲を進めました。

  • 1年目:日常業務の決裁権限を後継者に移譲
  • 2年目:取引先との関係を後継者に引き継ぎ
  • 3年目:経営会議の議長を後継者に交代
  • 4年目:代表取締役を交代

後継者と既存幹部の関係構築

後継者が既存の幹部社員と信頼関係を築く時間を設けます。食事会や出張の同行など、業務外の時間も含めて関係性を深める機会を意図的に作ります。

フェーズ3:承継後——定着期間

先代のフェードアウト設計

承継後の先代の関わり方を明確にします。「会長として残るが、経営には口を出さない」のか、「完全に引退する」のか。このルールが曖昧だと、新社長と先代の間で混乱が生じます。

北九州市の機械メーカーでは、承継後の先代の役割を「社外の人脈活用と業界活動のみ」と明文化し、社内業務への関与を一切しないことを約束しました。この明確なルールが、新社長のリーダーシップ発揮を後押ししました。

新体制での人事制度の見直し

承継を機に、人事制度を見直す機会にします。先代の時代の評価基準や報酬体系が新しい経営方針と合っているかを検証し、必要な修正を加えます。


顧客関係の承継——「社長だから取引している」を脱却する

事業承継で見落とされがちなのが、顧客との関係の承継です。九州の中小企業、特に老舗企業では、社長個人の人脈と信頼関係に基づいた取引が多い。「あの社長だから取引している」という顧客が、社長交代と同時に離れてしまうリスクは深刻です。

段階的な顧客引き継ぎ

後継者を取引先に紹介する場を、承継の2〜3年前から計画的に設けます。最初は先代の同席のもと挨拶から始め、徐々に後継者が主体的に商談に参加する形に移行します。

宮崎市の老舗の建材卸会社では、後継者の長男が3年かけて主要取引先50社すべてを回り、先代と一緒に挨拶と関係構築を行いました。「最初は息子さん大丈夫かなと思ったが、何度も顔を出してくれるうちに安心した」と取引先の社長が語っています。

顧客情報のデータベース化

先代の頭の中にしかない顧客情報——取引の経緯、相手のキーパーソン、過去のトラブルと解決方法、個人的な嗜好——これらを可能な限りデータベース化しておきます。先代が引退した後にこの情報が失われると、顧客との関係の再構築に膨大な時間とコストがかかります。


組織文化の承継と進化

老舗企業にとって、組織文化は競争力の源泉です。長年かけて培われた「この会社らしさ」は、一朝一夕には作れない貴重な資産です。

しかし、組織文化の承継は「そのまま守ること」ではありません。先代の時代に作られた文化の中で、次の時代にも通用する本質的な価値観は残し、時代に合わなくなった慣習は変える。この「守ると変える」のバランスが、事業承継における組織文化マネジメントの核心です。

福岡市の老舗の和菓子メーカー(創業80年)では、三代目の社長が承継時に「変えないもの」と「変えるもの」を明文化しました。「変えないもの」は素材へのこだわりと地域への感謝。「変えるもの」はSNSを活用した販路拡大と、若手社員の意見を経営に取り入れる仕組み。この明確な線引きが、ベテラン社員の安心感と若手社員の意欲の両方を引き出しています。


事業承継を支える外部の仕組み

九州には事業承継を支援する外部の仕組みが多数あります。

  • 事業引継ぎ支援センター(各県に設置)
  • 商工会議所の事業承継支援
  • 九州経済産業局の事業承継・引継ぎ補助金
  • 地域金融機関の事業承継コンサルティング

これらの外部支援を活用しつつ、「人」の承継という最も困難な部分は社内で計画的に取り組む。この両輪で進めることが、九州の老舗企業の世代交代を成功に導くのだと考えています。

事業承継は、企業の存続にかかわる最重要テーマです。そしてその成否を分けるのは、「事業」の承継ではなく「人材」の承継だと私は確信しています。九州の老舗企業が培ってきた技術、文化、地域との絆——それを次の世代に確実に引き継ぐための人事の取り組みが、今まさに求められています。


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