九州の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法——「人がいないから品質を落とす」を回避するための人事戦略
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九州の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法——「人がいないから品質を落とす」を回避するための人事戦略

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九州の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法——「人がいないから品質を落とす」を回避するための人事戦略

「人が足りないから、検品を省略しようか」——この一言が出たとき、私は「それだけは止めてください」と即座に伝えました。

長崎県佐世保市の水産加工会社での出来事です。私はこれまで500社以上の企業で人事に携わってきましたが、水産加工業の人材課題は他の製造業以上に切迫しています。人手が足りないから品質管理を甘くする。品質が落ちるから取引先が離れる。売上が減るからさらに人を雇えなくなる。この負のスパイラルに陥る前に、「人材確保と品質維持を同時に実現する」戦略を立てることが急務です。

九州は日本有数の水産地域です。長崎の練り製品やアジの干物、鹿児島のカツオ節やさつま揚げ、福岡の明太子、大分の関アジ・関サバの加工品、熊本のアサリ加工——多様な水産加工品が九州の食文化と経済を支えています。しかしこれらの産業を支える現場の人材は、高齢化と流出が進み、深刻な不足状態にあります。


九州の水産加工業が抱える人材課題の構造

課題1:若手人材の確保が極めて困難

水産加工業は「きつい・汚い・危険」というイメージが根強く、若者から敬遠されがちです。早朝の作業開始、低温の作業環境、魚介類の匂い、刃物を使う作業——こうした労働条件が、他の業種と比較してハードルになっています。

長崎県松浦市の水産加工会社では、過去3年間の高卒新卒採用で、毎年5名の募集に対して応募はゼロ。中途採用でも応募者が年間3名程度という状況が続いています。

課題2:外国人技能実習生への依存

九州の水産加工業では、外国人技能実習生が労働力の大きな割合を占めています。ベトナム、インドネシア、ミャンマーからの実習生が、加工ラインの中核を担っている企業も少なくありません。しかし技能実習制度の見直しに伴う制度変更リスク、実習期間終了後の帰国による人材の流出、言語や文化の違いによるコミュニケーションコスト——外国人材への過度な依存にはリスクが伴います。

課題3:ベテランの退職と技術の消失

水産加工の品質は、ベテランの「手」に依存する部分が大きい。魚の目利き、包丁の入れ方、干物の干し加減、味付けの塩梅——こうした暗黙知がベテランの退職とともに失われるリスクは、食品メーカー全般に共通する課題ですが、水産加工業では特に深刻です。

鹿児島県枕崎市のカツオ節メーカーでは、本枯れ節の品質判断ができる職人が2名しかおらず、うち1名が翌年に定年を迎えるという状況でした。この技術が失われれば、最高級品の生産が不可能になります。


人材確保の5つのアプローチ

アプローチ1:労働環境の改善から始める

人材確保の前提条件は、「働きたいと思える環境」を作ることです。水産加工業の労働環境で改善すべきポイントは明確です。

  • 作業場の温度管理の改善(断熱・空調の整備)
  • 臭気対策(換気システムの強化)
  • 安全対策の強化(切傷防止手袋、滑り止め床材、安全研修)
  • 休憩室の整備(清潔で快適な休憩スペース)
  • 作業時間の見直し(早朝作業の開始時刻を30分遅らせるなど)

佐世保市の水産加工会社では、作業場の空調設備を刷新し、休憩室を新設する投資(約500万円)を行いました。この改善後に求人を再掲出したところ、パートの応募者が前年比3倍に増加しました。「あそこは工場がきれい」という評判が口コミで広がったのです。

アプローチ2:多様な人材の採用ターゲット拡大

「水産加工経験者」だけを探していては、採用は進みません。ターゲットを広げることが必要です。

  • 子育て中の主婦(短時間勤務、学校行事に合わせた休み取得が可能な勤務体制)
  • シニア人材(体力に配慮した業務配置で、経験を活かす)
  • 異業種からの転職者(食品に興味がある、手仕事が好きなど、動機を重視した採用)
  • 外国人材(特定技能制度の活用による長期雇用の確保)

福岡県宗像市の水産加工会社では、「午前中だけ3時間勤務OK」という求人を出したところ、子育て中の主婦から多数の応募がありました。3時間のパートスタッフ8名でシフトを組み、加工ラインの繁忙時間帯をカバーする体制を構築。人件費の増加は月額で約40万円でしたが、生産量の維持と正社員の残業削減(月30時間削減)を実現し、結果として人件費の総額はほぼ変わりませんでした。

アプローチ3:地域の教育機関との連携

水産加工業への就職者を増やすためには、地域の高校や専門学校との関係構築が欠かせません。

長崎県の水産高校との連携で、年1回のインターンシップ受け入れを行っている水産加工会社があります。2週間のインターンで、水産加工の現場だけでなく、品質管理・商品開発・営業まで幅広い業務を体験してもらう。「水産加工業=単純作業」というイメージを払拭し、「ものづくりの面白さ」を伝えることが目的です。

このインターンを経て入社したのは過去3年で5名。少ない数字に見えますが、地元で5名の若手が入社する価値は極めて大きい。

アプローチ4:報酬と福利厚生の見直し

水産加工業の賃金水準は、他の製造業と比較して低い傾向があります。しかし報酬は基本給だけではなく、「総合報酬」として設計することで競争力を高められます。

  • 早朝手当の増額(早朝勤務の負担を金銭的に報いる)
  • 魚の社員割引販売(自社製品を社員価格で提供)
  • 住宅手当・社宅の整備
  • 資格取得支援(食品衛生責任者、HACCP関連資格など)
  • 皆勤手当の設定

大分県佐伯市の干物メーカーでは、基本給を月1万円引き上げることが困難だったため、代わりに「早朝手当を1日500円増額」「自社製品の月1回無料配布」「HACCP管理者資格の取得費用全額負担」を組み合わせたパッケージを導入しました。月額換算で約1.5万円の実質的な処遇改善となり、パート・正社員ともに離職率が低下しました。

アプローチ5:外国人材の戦略的な活用と育成

外国人材を「安い労働力」として扱うのではなく、組織の一員として育成し、戦力化することが重要です。

鹿児島県指宿市の水産加工会社では、ベトナム人技能実習生6名に対して、日本語教育(週2回・各1時間)と品質管理の基礎研修を提供しています。言語力の向上に伴い、日本人スタッフとのコミュニケーションが改善され、品質トラブルの報告が迅速化しました。

さらに、技能実習を修了した実習生のうち2名が特定技能に移行し、長期雇用が実現しています。「実習生時代に良くしてもらった会社で引き続き働きたい」という動機が、特定技能への移行を後押ししています。


品質維持のための人材育成

人材確保と同時に取り組むべきが、品質を維持するための人材育成です。

スキルマップの作成

水産加工のどの工程にどのスキルが必要か、そのスキルを誰が持っているかを一覧化する「スキルマップ」を作成します。

スキルマップの例(干物メーカーの場合):

  • 原魚の選別・目利き:レベル1(基本的な品質判定)〜レベル4(最高品質の選別判断)
  • 開き加工:レベル1(マニュアル通りの開き)〜レベル4(高級魚の特殊な開き方)
  • 塩漬け・味付け:レベル1(標準レシピの実行)〜レベル4(魚種・季節に応じた調整)
  • 乾燥・焼き加工:レベル1(機器の基本操作)〜レベル4(仕上がりの微調整判断)
  • 包装・出荷:レベル1(標準作業)〜レベル3(品質最終確認)

このスキルマップに現在の保有者を当てはめると、「この工程はこの人しかできない」というリスクが可視化されます。

技術承継の優先順位づけ

スキルマップで「1人しかできない」かつ「品質への影響度が高い」工程を特定し、承継の優先順位をつけます。すべての技術を同時に承継するリソースはないため、「失われたときのダメージが最も大きい技術」から着手します。

長崎県平戸市のアゴ(トビウオ)の干物メーカーでは、スキルマップを作成した結果、「アゴの塩加減の判断」と「干し上がりの見極め」の2つの技術が「1名のベテランに依存」していることが判明しました。この2つの技術の承継を最優先プロジェクトとして、後継者2名に対する3年間の育成計画を策定しました。

動画とセンサーの組み合わせ

水産加工の暗黙知を伝えるために、ベテランの作業を動画で記録し、同時にセンサーデータ(温度、湿度、重量など)を取ることで、「感覚」を「数値」に翻訳する試みが効果的です。

「この干し加減がベストだ」とベテランが判断する瞬間の、温度・湿度・乾燥時間のデータを蓄積することで、後継者の判断の精度を高める補助材料になります。もちろんデータだけでは完全な判断はできませんが、「経験の浅い人が、ある程度の精度で判断できるようになる」ためのツールとして有効です。


HACCP対応と人材育成の統合

水産加工業では、HACCP(危害分析重要管理点)に基づく衛生管理が義務化されています。このHACCP対応を「負担」として捉えるのではなく、「人材育成の機会」として活用することを提案します。

HACCPの管理記録を正確につけるためには、各工程の温度管理、衛生管理、異物混入防止の基本知識が必要です。この知識を体系的に学ぶことが、品質管理人材の育成につながります。

福岡県北九州市の水産加工会社では、HACCP管理者の資格取得を全正社員に推奨し、取得費用を会社が全額負担する制度を導入しました。資格取得者には月額5,000円の資格手当を支給。2年間で正社員15名中12名が資格を取得し、品質管理への当事者意識が高まりました。衛生管理に関する社員からの改善提案が年間18件に達し、そのうち12件が実際に採用されています。


経営数字で見る人材投資の判断

水産加工業の経営者に人材投資を提案する際に、数字は不可欠です。

人材不足による損失の試算

  • 生産ラインが1名欠員の場合の生産量低下:月間売上の約5〜10%
  • 品質管理要員の不足による不良品発生コスト:年間売上の1〜3%
  • 欠員による既存社員の残業増加コスト:1名あたり月額5〜8万円
  • 離職による採用・育成の繰り返しコスト:1名あたり80〜120万円

人材投資の効果

  • 労働環境改善(空調・休憩室):初期500万円。応募者増加と定着率改善で2年で回収
  • 技術承継プロジェクト:年間150万円。品質維持による売上維持効果は年間数千万円
  • HACCP人材育成:年間50万円。不良率低下と顧客信頼向上による売上維持効果

「人材にお金をかける余裕がない」のではなく、「人材にお金をかけないから余裕がなくなる」。この因果関係を数字で示すことが、経営者との対話を変えます。


九州の水産加工業の未来を人で支える

九州の水産加工品は、品質の高さで全国に知られています。その品質を支えているのは、設備や原料だけではなく、「人の技術と判断」です。

人材確保と品質維持は、どちらか一方を犠牲にして成り立つものではありません。両立させるためには、労働環境の改善、多様な人材の活用、計画的な技術承継、そしてこれらを経営数字で裏付ける力が必要です。

九州の水産加工業から、「人を大切にしながら品質も守る」モデルケースが生まれること。それは九州の食文化を次の世代につなぐ、極めて重要な取り組みです。


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