
九州の企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法——制度を減らすのではなく、制度の"動かし方"を変える
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九州の企業が「人事制度のスリム化」で運用負荷を下げる方法——制度を減らすのではなく、制度の"動かし方"を変える
「うちの人事制度、正直なところ複雑すぎて現場が使いこなせていません。評価シートだけで5種類あるし、等級の定義も曖昧になってきている。でも、制度を変えると混乱するし、どこから手をつければいいのかわからないんです」
北九州市の製造業の人事課長からこの相談を受けたとき、私は「制度を"減らす"のではなく、制度の"動かし方"を変えることから始めてみませんか」とお話ししました。私はこれまで500社以上の企業で人事の実務に携わってきましたが、人事制度が複雑化しすぎて運用が回らなくなっている九州の中小企業は、想像以上に多いのが実態です。
人事制度は、企業の成長とともに積み重なっていきます。新しい課題が出るたびに制度を追加し、例外ルールを設け、運用細則を加えていく。10年も経てば、当初のシンプルな設計思想はどこかに消え、制度の全体像を把握できる人が誰もいないという状態になります。
この記事では、九州の企業が人事制度のスリム化を進め、運用負荷を下げるための考え方と具体的な進め方を整理していきます。
なぜ人事制度は複雑化するのか
積み重ね型の制度設計
人事制度が複雑化する最大の原因は、「問題が起きるたびに制度を追加する」という積み重ね型の運用です。
例えば、評価制度で不満が出たから評価項目を増やす。等級制度で昇格基準が曖昧だから新しい等級を追加する。手当が不公平だと言われたから新しい手当を作る。一つひとつの対応は合理的に見えますが、これを繰り返すうちに制度全体が膨れ上がっていきます。
福岡市のサービス業の企業では、創業から25年の間に等級が12段階、評価シートが職種別に7種類、手当が18種類にまで増えていました。人事担当者は「制度の運用だけで業務時間の半分が埋まる」と嘆いていました。
属人的な運用が制度を複雑にする
制度そのものだけでなく、運用の属人化も複雑さの原因です。
「この場合はこう処理する」「あの部署はこの例外を適用する」——文書化されていないルールが担当者の頭の中にだけある状態です。担当者が異動や退職をすると、そのルールは失われるか、あるいは新しい担当者が別の解釈で運用するようになります。
熊本市の建設会社では、人事担当者が退職した後、評価制度の運用ルールが引き継がれず、部署ごとに異なる運用がされるようになっていました。ある部署では5段階評価の「3」が標準、別の部署では「4」が標準という状態が2年間続いていたのです。
制度変更への恐怖
もう一つの原因は、「制度を変えることへの恐怖」です。
既存の制度を変更すると、不利益変更になる社員が出る可能性がある。労使関係が悪化するかもしれない。現場が混乱するかもしれない。こうした懸念から、古い制度を残したまま新しい制度を上乗せしていく。結果として、似たような制度が並存する状態になります。
大分市の食品メーカーでは、旧等級制度と新等級制度が5年間並存していました。旧制度の対象者がまだ10名ほど残っているため廃止できず、人事担当者は二つの制度を同時に運用するという非効率な状態が続いていたのです。
スリム化の基本的な考え方
「何を残すか」ではなく「何のために動かすか」
人事制度のスリム化というと、「不要な制度を廃止する」「項目を減らす」というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、制度を単純に減らすだけでは根本的な解決にはなりません。
大切なのは、「この制度は何のために動かしているのか」という目的を明確にすることです。目的が明確になれば、その目的を達成するために必要な要素だけを残し、不要な要素を取り除くことができます。
私がこれまで見てきた九州の企業で、スリム化に成功した企業に共通するのは、「制度の目的を経営の言葉で定義し直した」という点です。
「評価制度は何のためにあるのか」——「社員のモチベーション向上のため」という答えでは曖昧すぎます。「事業計画の達成度を測定し、次期の人員配置と育成計画に反映するため」と定義すれば、評価項目は自ずと絞り込まれます。
運用コストを「見える化」する
スリム化を進めるためには、まず現在の制度運用にどれだけのコストがかかっているかを可視化する必要があります。
ここでいうコストは、金銭的なコストだけではありません。人事担当者の工数、管理職が評価に費やす時間、制度の説明や問い合わせ対応にかかる時間——これらを合算すると、想像以上のコストがかかっていることがわかります。
長崎市の造船関連企業では、人事担当者2名が年間で評価制度の運用に約600時間、等級制度の運用に約200時間、手当の計算と確認に約150時間を費やしていました。合計950時間、これは1人分の年間労働時間の半分以上です。この数字を経営層に示したところ、制度のスリム化に対する理解が一気に進みました。
経営者の理解を得る
人事制度のスリム化は、人事部門だけで進められるものではありません。経営者の理解と承認が不可欠です。
経営者に対しては、「制度をシンプルにすることで、人事担当者が戦略的な業務に時間を使えるようになる」「管理職が評価に費やす時間を削減し、本来の業務に集中できるようになる」という事業上のメリットを伝えることが効果的です。
九州の経営者の多くは、人事制度の複雑さを肌感覚では理解しています。しかし、「具体的にどれだけのコストがかかっているか」「スリム化することでどんな効果があるか」を数字で示されると、判断がしやすくなります。
評価制度のスリム化
評価項目の絞り込み
評価制度のスリム化で最も効果が大きいのは、評価項目の絞り込みです。
多くの企業で、評価シートには15項目から20項目以上の評価項目が並んでいます。「業務知識」「企画力」「判断力」「リーダーシップ」「コミュニケーション力」「協調性」「責任感」「積極性」「正確性」「迅速性」……。
これだけの項目を一人ひとり評価するのは、管理職にとって大きな負担です。しかも、項目が多いほど評価の精度は下がります。一つひとつの項目を深く考える余裕がないため、「なんとなく3をつける」「前回と同じにする」という形骸化が起きるのです。
福岡市の商社では、評価項目を20項目から5項目に絞り込みました。「業績目標の達成度」「重要課題への取り組み」「チームへの貢献」「成長実感」「行動規範の体現」の5項目です。項目を減らした分、一つひとつの項目について具体的なエピソードを書くことを求めました。結果として、評価の質は向上し、管理職が評価に費やす時間は約40%削減されました。
評価期間の見直し
半期に一度の評価を行っている企業が多いですが、評価の頻度を見直すことも運用負荷の削減につながります。
ただし、これは「評価の回数を減らす」という意味ではありません。むしろ、「大掛かりな評価を半期に1回」から「簡易な振り返りを月1回+総合評価を年1回」に変えるという発想です。
毎月の簡易な振り返りでは、「今月の重点テーマは達成できたか」「来月の重点テーマは何か」だけを確認します。これなら15分程度で完了します。年1回の総合評価では、12回の月次振り返りの記録をもとに評価するため、記憶に頼る必要がなく、評価の精度も上がります。
佐賀市の機械メーカーでは、この方式に切り替えたところ、半期の評価面談にかかっていた時間が年間で約100時間削減されました。同時に、月次の振り返りによって上司と部下のコミュニケーションが密になるという副次的な効果も出ています。
等級制度のスリム化
等級数の適正化
等級制度のスリム化で重要なのは、等級数の適正化です。
従業員100名以下の企業で10段階以上の等級を設けている場合、等級間の差が曖昧になりがちです。「3等級と4等級の違いは何か」と聞かれて明確に答えられない状態は、等級が多すぎることのサインです。
九州の中小企業であれば、5〜7等級程度が運用しやすい範囲です。新入社員から経営幹部まで、それぞれの等級で「求められる役割」と「期待される行動」が明確に区分できる等級数に設定することが大切です。
鹿児島市の小売業では、11等級を6等級に統合しました。統合にあたっては、「各等級で求められる意思決定のレベル」を基準にしました。「担当業務の範囲で判断する」「チームの方針を決める」「部門の戦略を立案する」「全社の経営方針に関与する」——意思決定のレベルで区分することで、等級間の違いが明確になりました。
等級定義の簡素化
等級の定義書が何十ページにもなっている企業があります。各等級の「知識」「技能」「態度」「責任」「権限」をそれぞれ詳細に記述した結果、誰も読まない文書になっているのです。
等級定義は、一つの等級につき「求められる役割」と「期待される成果」の二つに絞ると運用しやすくなります。これをA4用紙1枚以内にまとめることを目標にしてください。
宮崎市の不動産企業では、等級定義書を全面的に書き直し、全等級の定義をA4用紙3枚にまとめました。各等級について「この等級の人は、組織の中でどんな役割を果たすか」「この等級の人が出すべき成果は何か」の2点のみを記述しています。この簡素化により、管理職が等級定義を参照して育成計画を立てるようになったといいます。
手当制度のスリム化
手当の棚卸し
手当は、人事制度の中でも最も複雑化しやすい領域です。歴史のある企業ほど、過去に設けた手当が残り続け、当初の目的が不明になっているケースが多く見られます。
まずは、現在支給している手当をすべてリストアップし、それぞれの「目的」「対象者数」「支給総額」「設けた経緯」を整理することから始めます。
久留米市の繊維メーカーでは、手当の棚卸しをした結果、20種類の手当のうち5種類は対象者が3名以下、2種類は対象者がゼロであることがわかりました。また、「精勤手当」と「皆勤手当」が別々に存在しており、違いが曖昧になっていました。
手当の統廃合
手当の棚卸しが終わったら、統廃合を検討します。ポイントは「この手当は基本給に含められないか」「複数の手当を一つにまとめられないか」という視点です。
例えば、「住宅手当」「家族手当」「通勤手当」以外の手当は、多くの場合、基本給や職務給に組み込むことが可能です。「技能手当」「資格手当」「職務手当」のような手当は、等級制度の中で反映する仕組みに変えることで、別途手当として管理する必要がなくなります。
北九州市の部品メーカーでは、16種類の手当を6種類に統廃合しました。「通勤手当」「住宅手当」「家族手当」「時間外手当」「深夜手当」「休日手当」の6種類です。それ以外の手当は基本給に組み込むか、評価制度の中で反映する仕組みに変更しました。この統廃合により、給与計算の工数が月あたり約20時間削減されました。
不利益変更への対応
手当の統廃合では、不利益変更への対応が重要です。手当を廃止して基本給に組み込む場合、総額が減少する社員が出ないよう、移行措置を設けることが必要です。
一般的な方法としては、「現在の手当総額を保障する経過措置を2〜3年設ける」「基本給への組み込み額を、現在の手当額以上に設定する」といったものがあります。
大切なのは、制度変更の意図と内容を丁寧に説明することです。「なぜ変更するのか」「変更によって何がどう変わるのか」「社員にとってのメリットは何か」を誠実に伝えることで、多くの場合、社員の理解は得られます。
運用プロセスのスリム化
帳票の統一と削減
人事制度の運用で意外に負荷が大きいのが、帳票の管理です。評価シート、目標管理シート、昇格申請書、異動希望調査票、研修報告書——これらの帳票が部署ごとに微妙に異なるフォーマットで運用されていることがあります。
まず、全社で使用している人事関連の帳票をすべてリストアップし、「本当に必要か」「他の帳票と統合できないか」「フォーマットを統一できないか」を検討します。
福岡市の広告代理店では、人事関連の帳票が28種類ありましたが、整理の結果12種類に削減しました。さらに、すべてのフォーマットを統一し、記入ルールを明文化しました。帳票の管理・集計にかかる工数は、年間で約150時間削減されました。
承認フローの簡素化
人事関連の承認フローが複雑になっている企業も多くあります。例えば、残業申請に5段階の承認が必要、出張申請に3部門の印鑑が必要、という状態です。
承認フローは、「この承認は何のためにあるのか」「この承認者は本当に必要か」という視点で見直します。形式的な承認、つまり「実質的に内容を確認していないが、ルール上押印が必要」という承認は、廃止を検討すべきです。
長崎市の物流企業では、人事関連の承認フローを全面的に見直した結果、承認ステップの平均が4.2段階から2.3段階に削減されました。これにより、申請から承認までのリードタイムが平均12日から4日に短縮されました。
年間スケジュールの最適化
人事制度の運用スケジュールを見直すことも、運用負荷の削減につながります。
評価、昇給、昇格、異動、研修計画——これらのイベントが特定の時期に集中していると、人事担当者の負荷が一時的に跳ね上がります。イベントの時期を分散させるか、連動するイベントをまとめて処理するかのどちらかの方法で、負荷の平準化を図ります。
大分市のIT企業では、4月に評価・昇給・昇格・異動が集中していましたが、評価は3月、昇給は4月、昇格は7月と10月、異動は4月と10月に分散させました。これにより、3月〜4月の人事担当者の残業時間が大幅に減少しました。
スリム化の進め方
現状把握から始める
スリム化を進めるにあたって、最初にやるべきことは現状の全体像を把握することです。
現在運用している制度の一覧、各制度の目的、対象者、運用工数、関連帳票——これらを一枚の表にまとめます。この「制度マップ」を作成する過程で、重複している制度や、目的が不明確な制度が浮き彫りになります。
優先順位をつける
現状が把握できたら、どこからスリム化に着手するかの優先順位をつけます。
優先度の判断基準は、「運用工数の大きさ」と「変更の難易度」の二軸です。運用工数が大きく、かつ変更の難易度が低いものから着手するのが効率的です。
例えば、手当の統廃合は対象者との調整が必要なため難易度が高い。一方、帳票の統一や承認フローの簡素化は比較的短期間で実現可能です。まず後者から着手して小さな成功体験を積み、その勢いで手当や等級制度の見直しに進むという段階的なアプローチが現実的です。
現場を巻き込む
制度のスリム化は、人事部門だけで進めてはいけません。制度を実際に使っているのは現場の管理職と社員です。彼らの声を聞き、「何が使いにくいか」「何が不要と感じるか」を把握することが重要です。
ただし、現場の声をすべて反映しようとすると、かえって複雑になります。現場の声は「課題の発見」に活用し、「解決策の設計」は人事部門が主導するという役割分担が望ましいでしょう。
九州の企業に見るスリム化の実例
A社(福岡市・IT企業・従業員80名)のケース
A社は、創業15年で人事制度が複雑化し、人事担当者2名が制度運用だけで手一杯になっていました。
まず、3ヶ月かけて制度の全体像を整理。その結果、「評価項目が多すぎる」「等級が細かすぎる」「手当の種類が多い」「帳票が統一されていない」という4つの課題が明らかになりました。
優先順位をつけ、最初の半年で帳票の統一と承認フローの簡素化を実施。次の半年で評価項目の絞り込みと等級の統合を実施。最後に手当の統廃合を行いました。合計1年半のプロジェクトで、人事制度の運用工数は約35%削減されました。
B社(熊本市・製造業・従業員200名)のケース
B社は、親会社の制度をそのまま導入していたため、自社の規模に対して制度が過剰に複雑でした。
B社では、経営層を巻き込んだ「制度改革委員会」を設置。人事担当者だけでなく、各部門の管理職も参加する形で、現行制度の課題と改善の方向性を議論しました。
最も効果が大きかったのは、評価制度の簡素化です。親会社と同じ20項目の評価シートを使っていましたが、自社に必要な6項目に絞り込みました。管理職からは「やっと評価が本来の目的で使えるようになった」という声が上がりました。
スリム化した後に大切なこと
定期的な点検
制度をスリム化しても、時間が経てばまた複雑化していきます。これを防ぐために、年に1回、「制度の定期点検」を行うことをお勧めします。
「この1年で追加したルールや例外処理はないか」「運用工数は増えていないか」「制度の目的に照らして不要な要素はないか」——こうした点検を毎年行うことで、制度の肥大化を予防できます。
「制度を増やす前に考える」文化の定着
新しい課題が出たとき、すぐに新しい制度を作るのではなく、「既存の制度で対応できないか」「制度以外の方法で解決できないか」をまず考える。この思考習慣を人事部門に定着させることが、長期的なスリム化の鍵です。
人事制度は、企業の仕組みの中核です。しかし、仕組みは目的を達成するための手段であって、仕組み自体が目的になってはいけません。制度を「動かすこと」ではなく、「制度を通じて何を実現するか」に意識を向ける。それが、人事制度のスリム化の本質的な意味だと、私は考えています。
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