九州の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方——離職率を下げることが経営改善の最短ルートになる理由
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九州の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方——離職率を下げることが経営改善の最短ルートになる理由

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九州の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作る人事の考え方——離職率を下げることが経営改善の最短ルートになる理由

「また辞めた。今度は3ヶ月だった」

熊本市内の介護施設の管理者が、疲れた表情でそう言いました。私はこれまで500社以上の企業で人事に携わってきましたが、医療・介護領域の離職問題は、他の業種以上に深刻であり、かつ複雑です。「人が足りない→残った人の負担が増える→さらに辞める」という負のスパイラルに陥っている施設が、九州にも数多く存在します。

しかしこの問題は、「仕方がない」で済ませてよいものではありません。なぜなら離職は、介護・医療サービスの質に直結し、利用者・患者の安全に影響し、そして施設の経営数字を直接的に悪化させるからです。「働き続けたい職場」を作ることは、理想論ではなく、最も現実的な経営改善策です。


九州の医療・介護施設が抱える構造的な問題

九州は高齢化が全国平均より速いペースで進んでいる地域です。特に鹿児島県、宮崎県、長崎県では高齢化率が30%を超えており、医療・介護の需要は増え続けています。一方で、これらの地域の若年人口は減少しており、福祉系の人材供給は慢性的に不足しています。

離職率の実態

介護職の離職率は全国平均で約14〜15%程度とされていますが、九州の中小規模の施設ではこれを大きく上回るケースが少なくありません。私が関わった熊本県内の通所介護施設では、年間離職率が28%に達していました。常勤スタッフ25名の施設で、1年間に7名が退職する計算です。

離職コストの大きさ

介護職1名の離職にかかるコストを試算すると、以下のようになります。

  • 退職に伴う業務引き継ぎ・残業増加コスト:約30万円
  • 新規採用コスト(求人広告、面接、入社手続き):約40〜60万円
  • 新人育成コスト(研修期間中の非生産人件費):約50万円
  • 育成中の既存スタッフへの負荷増加コスト:約20万円

合計すると、1名の離職あたり約140〜160万円のコストが発生しています。先述の施設(年間7名離職)では、離職コストだけで年間約1,000万円以上が失われている計算です。

この数字を経営者に示すと、「離職を防ぐための投資」の意味が一変します。年間500万円の施策コストをかけて離職率を半分に下げられれば、年間500万円以上のコスト削減になる。これは投資対効果として極めて明確です。


なぜ医療・介護職は離職するのか

離職理由を単純化すると「給料が安いから」に集約されがちですが、実態はもっと複雑です。私がこれまでの退職面談で聞いてきた理由を整理すると、以下のような構造が見えてきます。

身体的・精神的な負荷

介護現場では、身体介助(入浴介助、移乗介助、排泄介助等)による身体的負荷が大きい。腰痛を抱えるスタッフの割合は非常に高く、これが直接的な退職理由になるケースがあります。

加えて、利用者やその家族との関係によるストレス、認知症ケアの精神的負担、看取りに伴う感情的な消耗——こうしたメンタルヘルスの問題は、表面化しにくいが離職に直結します。

人間関係の問題

「上司との関係が悪い」「先輩からのいじめがある」「チーム内のコミュニケーションが悪い」——これらは退職面談で最も頻繁に挙がる理由です。特に女性比率が高い職場では、人間関係のトラブルが離職の引き金になりやすい傾向があります。

宮崎市内の特別養護老人ホームでは、ある管理者のもとで離職率が突出して高いという現象が起きていました。調査すると、その管理者が新人に対して威圧的な態度をとっており、チーム全体の雰囲気が悪化していたことがわかりました。管理者の異動と合わせて、チームビルディング研修を実施したところ、そのチームの離職率が翌年度に半減しました。

キャリアの見通しの不透明さ

「5年後も10年後も同じ仕事をしているのか」「給料はどこまで上がるのか」「資格を取っても待遇が変わらない」——キャリアの行き詰まり感は、特に20代後半〜30代前半のスタッフに強く見られます。

労働条件(シフト・休日・残業)

夜勤を含む変則シフト、休日の少なさ、突発的な欠勤者のカバー——こうした労働条件の厳しさは、特に子育て世代のスタッフにとって大きな負担です。


「働き続けたい職場」を作る5つの施策

施策1:離職の予兆を察知する仕組み

離職は突然起こるのではなく、多くの場合「予兆」があります。遅刻が増える、有給の取得パターンが変わる、会話が減る、表情が暗くなる——こうした変化を見逃さない仕組みを作ることが、離職防止の第一歩です。

鹿児島市の介護施設では、月1回の「5分間1on1」を全スタッフに対して実施しています。内容はシンプルで、「最近どうですか」「困っていることはありますか」「何か手伝えることはありますか」の3つの質問だけ。5分間で十分です。

この取り組みを始めてから、「実は辞めようと思っていたが、話を聞いてもらえたので踏みとどまった」というケースが年間3件ありました。3名の離職防止効果は、コスト換算で約450万円。一方、1on1の運用コスト(管理者の月間工数約3時間×12ヶ月)は年間で約36万円です。

施策2:身体的負荷の軽減

介護現場の身体的負荷は、テクノロジーの活用で大幅に軽減できます。移乗リフト、電動ベッド、パワーアシストスーツ——これらの機器は、スタッフの腰痛リスクを低減し、身体的な理由による離職を防ぎます。

大分市の介護施設では、全フロアに移乗リフトを導入した結果、スタッフの腰痛関連の休職が年間5件から1件に減少しました。リフト導入の費用は4台で約200万円。一方、腰痛休職による代替要員の費用は1件あたり約30万円。4件の休職減少で120万円のコスト削減効果があり、さらに離職防止効果を加えると、1年半で投資回収が可能です。

施策3:メンタルヘルスケアの体制整備

介護・医療職のメンタルヘルスケアは、「ストレスチェックをやっている」だけでは不十分です。ストレスチェックは「測定」であって「ケア」ではありません。

長崎市の病院では、外部のカウンセラーと月2回の契約を結び、スタッフが予約制で相談できる体制を作りました。利用率は初年度は低かったものの、「使った人の評判」が口コミで広がり、2年目には月平均8名が利用するようになりました。

加えて、看取りケアや困難事例の後にチームで振り返りを行う「デブリーフィング(感情の整理のための対話)」を制度化しています。「つらかったことを話してもいい」という文化が、精神的な負担の蓄積を防いでいます。

施策4:キャリアパスの見える化

介護職のキャリアパスは、「現場スタッフ→リーダー→管理者→施設長」という一本道になりがちです。しかし全員がマネジメントを志向しているわけではありません。

複数のキャリアコースを提示することが、定着につながります。

  • 専門職コース:認知症ケア、リハビリ、ターミナルケアなどの専門スキルを深め、スペシャリストとして処遇される
  • マネジメントコース:チームリーダー→フロアリーダー→施設管理者として組織を率いる
  • 教育・研修コース:後輩の指導や研修プログラムの開発を担当する
  • 相談援助コース:利用者・家族との相談業務、ケアマネジメントの専門性を高める

佐賀県鳥栖市の介護施設では、上記4つのキャリアコースを導入し、各コースの等級と報酬テーブルを明示しました。「介護福祉士の資格を取っても給料が変わらない」という不満に対して、「資格取得+コース選択で処遇が上がる」という仕組みを作ったのです。導入後の離職率は22%から13%に低下しました。

施策5:管理者の育成

「離職の原因の大半は上司にある」という研究知見は、介護業界にも当てはまります。現場の優秀な介護職がそのまま管理者に昇進するケースが多いですが、「良い介護職」と「良い管理者」は異なるスキルセットが必要です。

管理者向けの研修プログラムとして、以下の内容を年2回実施することを推奨しています。

  • 部下との対話スキル(傾聴、フィードバック、コーチング的関わり)
  • シフト管理と業務の平準化
  • メンタルヘルスの観察ポイント
  • ハラスメント防止
  • チームビルディング

福岡県筑紫野市の医療法人では、管理者研修を3年間継続した結果、管理者の「部下対応力」に関する360度評価スコアが平均で25%向上し、施設全体の離職率が5ポイント低下しました。


報酬と処遇の現実的な改善策

「給料を上げてほしい」という現場の声に対して、「原資がない」というのが多くの施設の実情です。介護報酬は制度で決まっているため、売上を大幅に伸ばすことが難しいという構造的な制約があります。

しかし報酬の改善は基本給だけではありません。

処遇改善加算の最大限の活用

介護職員処遇改善加算は、適切に申請・運用すれば、一人当たり月額数万円の処遇改善につながります。しかし申請手続きの複雑さから、加算を最大限活用できていない施設が少なくありません。

手当の見直し

夜勤手当、資格手当、役職手当——これらの手当を適正水準に設定し直すことで、基本給を大幅に変えなくても実質的な報酬改善が可能です。特に夜勤手当は、近隣施設との比較で「相場」を把握し、少なくとも同水準に合わせることが定着の前提条件です。

福利厚生の充実

家賃補助、食事補助、保育施設の利用支援、健康診断のオプション費用負担——こうした福利厚生は、現金報酬よりも税効率が良く、少ないコストで大きな体感価値を提供できます。

熊本県合志市の介護施設では、近隣の保育所と法人契約を結び、スタッフの子どもの保育料を月1万円補助する制度を導入しました。年間コストは約120万円(対象者10名)ですが、子育て世代のスタッフの定着率が大幅に改善し、「ここなら子育てしながら働ける」という評判が採用にもプラスに働いています。


夜勤体制とシフト管理の改善

夜勤は、医療・介護施設の離職要因として常に上位に挙がります。「夜勤が嫌で辞めた」という声は少なくありませんが、かといって夜勤をなくすことはできません。

改善できるのは、夜勤の「負担感」です。

  • 夜勤の回数を公平に配分する仕組みを作る
  • 夜勤明けの休息時間を十分に確保する
  • 夜勤中のサポート体制(緊急時の応援体制)を整備する
  • 夜勤手当を適正水準に設定する

北九州市の病院では、AI搭載のシフト管理システムを導入し、スタッフの希望と法定基準を踏まえた自動シフト作成を行っています。従来は管理者がエクセルで手作業で作成していたシフトが自動化され、管理者の工数が月10時間削減されただけでなく、シフトに対するスタッフの不満も大幅に減少しました。


採用の視点:「辞めない職場」は「選ばれる職場」になる

離職率の低い施設は、採用においても強い。「あそこは人が辞めない」「働いている人が活き活きしている」という評判は、口コミで広がります。介護業界は特に口コミの影響力が大きく、「あの施設で働いている友人に勧められた」という入職動機は珍しくありません。

逆に「あそこはすぐ人が辞める」「大変な施設だ」という評判が立つと、同じ求人広告費をかけても応募者が集まりません。

だからこそ、「採用を強化する」よりも先に「辞めない職場を作る」ことが、中長期的な人材確保の最も効果的な戦略です。


「事業を伸ばす人事」としての医療・介護の人事

医療・介護施設の人事は、民間企業の人事とは異なる文脈を持っています。介護報酬や診療報酬という制度的な制約、専門職集団のマネジメント、利用者の命と尊厳に直結するサービス品質——こうした特殊性を踏まえた上で、「経営数字から人事施策を考える」という視点を持つことが求められています。

離職率の改善は、単なる「人の問題」ではなく、「経営の問題」です。離職コストの削減、サービス品質の安定、採用ブランドの向上——これらはすべて経営数字に反映されます。

九州の医療・介護施設が「働き続けたい職場」を作ることは、スタッフのためだけでなく、利用者のため、経営のため、そして地域社会のためになる取り組みです。


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