福岡のスタートアップが最初の人事制度を設計するときの考え方——「勢い」から「仕組み」への転換点
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福岡のスタートアップが最初の人事制度を設計するときの考え方——「勢い」から「仕組み」への転換点

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福岡のスタートアップが最初の人事制度を設計するときの考え方——「勢い」から「仕組み」への転換点

「まだ10人しかいないのに、人事制度なんて必要ですか?」

福岡のスタートアップ経営者からこう聞かれることが、ここ数年で急激に増えました。私はこれまで500社以上の企業で人事の設計に関わってきましたが、スタートアップの人事制度設計は、大企業の制度をスケールダウンするものとはまったく異なります。創業期の熱量を殺さず、しかし組織が拡大しても壊れない骨格をどう作るか——それが問われています。

福岡は今、九州のスタートアップ・エコシステムの中核として急速に成長しています。Fukuoka Growth Nextをはじめとするインキュベーション施設、福岡市のスタートアップ支援策、そしてアジアとの地理的近接性を活かした事業展開。こうした環境の中で、資金調達を終えたばかりの企業が「次は組織だ」と気づくタイミングが、まさに最初の人事制度を考える分岐点になります。


なぜスタートアップに「人事制度」が必要になるのか

スタートアップの初期は、創業者の人柄とビジョンで人が集まります。給与テーブルがなくても、評価制度がなくても、「この人と一緒にやりたい」という動機で採用が回る時期があります。

しかし、この段階には明確な限界があります。私の経験では、社員数が15名前後を超えたあたりで最初の軋みが生じます。「なぜあの人のほうが給料が高いのか」「評価はどうやって決まっているのか」「自分のキャリアはこの会社でどうなるのか」——こうした疑問が出始めたとき、「まだ制度はない」という回答は、組織への信頼を少しずつ削っていきます。

福岡市内のあるSaaS企業では、創業3年目・社員18名の段階で、エンジニア2名が同時に退職するという出来事が起きました。理由を聞くと、「頑張っても頑張らなくても同じように見える」「自分が何を期待されているのかわからない」という声でした。採用コストとして1人あたり約150万円。2名分の採用・育成コストと、プロダクト開発の遅延を合わせると、損失は700万円を超えたと推計されました。

このタイミングで「制度が必要だ」と気づくのは、多くの場合、何かを失った後です。だからこそ、早すぎず遅すぎないタイミングで、最小限の仕組みを入れておくことに意味があります。


福岡スタートアップの「人事制度あるある」

私が福岡のスタートアップを支援する中で繰り返し見てきたパターンがあります。

パターン1:東京の有名企業の制度をそのままコピーする

「メルカリの等級制度を参考にしました」「SmartHRの評価シートを真似しました」——こうした話を聞くことがあります。参考にすること自体は悪くありませんが、100名規模で最適化された制度を15名の組織に持ち込むと、運用コストばかりが膨らみます。

福岡市博多区のフィンテックスタートアップでは、東京のメガベンチャーの制度をほぼそのまま導入した結果、四半期ごとの評価プロセスに経営陣の工数が月20時間以上取られるようになり、「何のための制度かわからない」という状態に陥りました。制度はあるのに、誰も納得していない。これは「制度を入れた」という安心感だけが残り、実質的には機能していないケースです。

パターン2:制度なしで走り続ける

もう一つの極端は、「うちはフラットだから制度はいらない」という姿勢です。フラットな組織文化は素晴らしいですが、フラットであることと無秩序であることは違います。報酬の決定基準がない、昇給の判断が場当たり的、役割の境界が曖昧——こうした状態が続くと、社員は「声が大きい人が得をする組織」だと感じ始めます。

福岡市中央区のAIスタートアップでは、「カルチャーフィットを重視する」という採用方針が、結果として「社長と仲が良い人が評価される」という構造を生んでいました。CTO(最高技術責任者)が「評価の透明性がない」と指摘したことが、制度設計のきっかけになりました。

パターン3:人事担当者を採用せずに制度だけ作ろうとする

「制度設計はコンサルに頼むから、人事専任は置かなくていい」という考え方も根強くあります。しかし制度は作って終わりではなく、日々の運用が本質です。運用の主体がいない制度は、すぐに形骸化します。


最初に設計する「3つの骨格」

スタートアップが最初に作る人事制度は、複雑である必要はありません。私が福岡のスタートアップに提案しているのは、「3つの骨格」から始めるアプローチです。

骨格1:等級(グレード)の設計

等級制度は、組織の中での「役割の大きさ」を明確にするものです。スタートアップの初期段階では、3〜5段階程度のシンプルな等級で十分です。

たとえば、以下のような構成が現実的です。

  • G1:担当者(指示を受けて業務を遂行する)
  • G2:リーダー(自分の判断で業務を推進し、後輩を指導する)
  • G3:マネージャー(チームの成果に責任を持ち、経営と現場をつなぐ)
  • G4:ディレクター/VP(事業領域の戦略立案と実行に責任を持つ)

ここで大切なのは、等級の定義を「能力」ではなく「役割と責任の範囲」で書くことです。「○○ができる人」ではなく「○○に責任を持つ人」。この書き方の違いが、後の運用を大きく左右します。

福岡市早良区のHRテック企業では、最初に5段階の等級を設計しましたが、創業2年目で社員12名の時点では実質的にG1とG2しか該当者がいないという状態でした。それでも「将来この組織がどう成長するか」を等級表として見せることで、社員のキャリアイメージが具体化し、「この会社にいると自分はどう成長できるのか」という問いに答える材料になりました。

骨格2:報酬テーブルの設計

等級が決まったら、各等級の報酬レンジ(幅)を設定します。スタートアップの報酬設計で最も重要なのは、「市場報酬との整合性」と「社内の公平性」のバランスです。

福岡のスタートアップが東京と比較して報酬面で苦労するのは事実です。同じエンジニア職でも、東京の企業が提示する年収と福岡の企業が提示できる年収には、50万〜150万円の差があることが珍しくありません。しかしこの差を埋めようとして無理な報酬設定をすると、人件費比率が急激に上昇し、バーンレート(資金燃焼率)を圧迫します。

私が提案するのは、「報酬以外の価値」を明確にした上で、報酬レンジを市場の80〜90%に設定するアプローチです。福岡の生活コストの低さ、通勤時間の短さ、自然環境の豊かさ——これらを定量化して伝えることで、報酬の差を埋められるケースは少なくありません。

たとえば、福岡市内の家賃は東京23区と比較して平均4〜5万円安い。年間で50〜60万円の差です。通勤時間が片道30分短くなれば、年間250時間の可処分時間が生まれます。こうした「生活の質」を含めた報酬パッケージとして提示できるかどうかが、福岡のスタートアップの採用力を左右します。

ただし注意が必要なのは、「福岡は生活費が安いから」という理由で報酬を下げすぎると、優秀な人材の選択肢に入らなくなるということです。報酬は「足切りライン」として機能するため、最低限のラインは市場水準を踏まえて設定する必要があります。

骨格3:評価の仕組み

スタートアップの評価制度は、「完璧な公平性」を目指すのではなく、「納得感のある対話の仕組み」として設計することが重要です。

最初の段階では、半期に1回の評価面談を設定し、以下の3つを言語化するところから始めるのが現実的です。

  1. この半期で期待する役割と成果(期初に設定)
  2. 実際の成果と行動の振り返り(期末に実施)
  3. 次の半期に向けた成長テーマの共有

評価シートは凝ったものでなくてよい。A4用紙1枚、あるいはNotionの1ページで十分です。大切なのは「書いて、話す」というプロセスが定期的に回ることです。

福岡市東区のバイオスタートアップでは、創業当初「評価は社長が全員と個別に話して決める」というスタイルでした。社員8名の頃はこれで回っていましたが、15名を超えた段階で「社長との面談が形骸化している」「結局何を基準に評価されているかわからない」という不満が噴出しました。そこで、上記の3点を記載するシンプルな評価シートを導入し、マネージャーが1次評価を行うプロセスに変更したところ、社員満足度調査の「評価の納得感」スコアが半年で30ポイント改善しました。


人件費を「投資」として管理する視点

スタートアップの人事制度設計で見落とされがちなのが、人件費の管理です。制度を作ること自体に意識が向き、「この制度を運用すると人件費がどう推移するか」というシミュレーションが欠けていることが多い。

人件費は固定費の中で最も大きな割合を占めます。スタートアップにおいては、月次のバーンレートに対して人件費比率が何%を占めているかを常に把握しておく必要があります。

私が関わった福岡市中央区のマーケティングテック企業では、シリーズAの資金調達後に積極的な採用を行い、半年で社員数を12名から28名に増やしました。しかし売上の成長が採用ペースに追いつかず、人件費比率が売上の85%に達してしまいました。結果として、シリーズBの資金調達に向けた計画を大幅に修正せざるを得なくなり、一部の社員に退職勧奨を行うという痛みを伴う判断が必要になりました。

この経験から学べるのは、「採用計画と事業計画の連動」が人事制度設計の前提として不可欠だということです。等級・報酬・評価の制度を設計する際には、「この制度を運用した場合、1年後・2年後の人件費総額はいくらになるか」「売上成長率に対して人件費の増加率は適正か」「一人当たりの生産性(売上÷社員数)は改善する見通しがあるか」——こうした数字を事前に検証しておくことが、持続可能な制度設計の条件です。


ストックオプションと福岡の特殊性

福岡のスタートアップの報酬設計で避けて通れないのが、ストックオプション(SO)の扱いです。東京のスタートアップでは、SOが報酬パッケージの重要な一部として認知されていますが、福岡ではまだその認知度が低い傾向があります。

私が福岡のスタートアップで面談した社員に「ストックオプションの価値をどう理解していますか」と聞くと、「よくわからない」「紙の上の数字でしょう」「結局もらえないかもしれないし」という反応が多い。これは福岡のスタートアップ・エコシステムがまだ成熟途上にあり、SOによるリターンを実感した人が周囲に少ないためです。

だからこそ、SOを報酬の一部として設計する際には、「なぜSOを付与するのか」「SOの価値がどう変動するのか」「行使条件は何か」を丁寧に説明するプロセスが必要です。福岡のスタートアップ3社で、SO付与時に30分の個別説明会を実施したところ、「会社の成長が自分のリターンにつながることが具体的にわかった」「長期的に在籍するモチベーションになった」というフィードバックが得られました。

SOの設計自体は専門的な領域であり、弁護士・税理士との連携が不可欠です。しかし人事制度の骨格の中にSOをどう位置づけるかは、人事の視点から考えるべきテーマです。


カルチャーと制度の関係

スタートアップにおいて、人事制度はカルチャーを「明文化」するものです。暗黙のうちに共有されていた価値観を、言葉にして、仕組みに落とし込む。このプロセス自体が、組織の自己理解を深めます。

しかし同時に、制度がカルチャーを殺してしまうリスクもあります。「自由な働き方がうちの良さだったのに、制度ができてから窮屈になった」——こうした声は、制度設計の際に最も注意すべきものです。

福岡市中央区のクリエイティブ系スタートアップでは、「自律と信頼」をカルチャーの核としていました。しかし等級制度を導入した際に、等級ごとに細かな行動基準を設定してしまった結果、「管理されている感じがする」「自分で考えて動いていたのに、チェックリストをこなす仕事になった」という反発が起きました。

この会社では、行動基準を「必須項目」から「参考指標」に位置づけ直し、評価面談では行動基準の充足度ではなく「この半期で最もインパクトのあった仕事は何か」を中心に対話する形に変更しました。結果として、制度の骨格は維持しつつ、カルチャーとの整合性を回復することができました。

制度設計においては、「何を管理するか」だけでなく「何を管理しないか」を意識的に決めることが大切です。スタートアップの強みは機動性と自律性にあるのだから、それを損なわない制度が良い制度です。


制度の「育て方」——完成させない勇気

最後に、スタートアップの人事制度設計で最も重要な考え方をお伝えします。それは「最初から完成させようとしない」ということです。

多くのスタートアップが、制度設計に時間をかけすぎて導入のタイミングを逸するか、逆に一気に完璧なものを作ろうとして現場とのズレが大きくなるか、どちらかのパターンに陥ります。

私が推奨するのは、「最小限の骨格を入れて、四半期ごとに改善する」というアプローチです。最初の等級は3段階でいい。報酬テーブルは概算でいい。評価シートはA4用紙1枚でいい。それを実際に運用してみて、「ここが合わない」「ここはもっとシンプルにできる」という発見を積み重ねていく。

福岡市のあるEdTech企業では、創業2年目に「バージョン0.1」と銘打った人事制度を導入しました。「これは暫定版であり、皆さんのフィードバックを受けて改善し続けます」と明言したのです。社員からは「自分たちも制度を作る側にいるんだ」という当事者意識が生まれ、改善提案が活発に出るようになりました。現在バージョン1.3まで改訂が進み、離職率は導入前の年間25%から8%に低下しています。

この「育てる」姿勢は、スタートアップの制度設計において最も本質的な態度だと私は考えています。制度は組織の成長に合わせて変化すべきものであり、一度作ったら変えてはいけないものではありません。


経営者との対話をどう変えるか

スタートアップの人事制度設計は、結局のところ経営者との対話の質にかかっています。

「人事制度を作りたい」と経営者に提案するとき、多くの人事担当者は「社員のモチベーションのために」「離職防止のために」という理由を挙げます。しかしこの言い方だと、経営者からは「今はそんなことに時間を使う余裕がない」と返されがちです。

私が提案するのは、数字を起点にした対話です。

「昨年の離職率は25%で、採用・育成コストの損失は年間約1,000万円です。人事制度を整備することで離職率を15%に下げられれば、年間400万円のコスト削減になります。制度設計にかかる初期コストは200万円程度なので、投資回収は半年で可能です」

このように、人事制度を「コスト」ではなく「投資」として説明できるかどうかが、経営者の判断を変えます。事業計画の中に人事制度の効果を組み込む——この発想が、スタートアップの人事担当者には求められています。

福岡のスタートアップは、経営者との距離が近いという利点があります。大企業では人事部長でも経営者と直接話す機会は限られますが、スタートアップでは日常的に経営者と対話できる。この環境を活かして、「事業成長のための人事制度」という文脈で対話を重ねていくことが、最初の制度設計を成功させる鍵です。


福岡だからこそできるスタートアップ人事

福岡のスタートアップ・エコシステムは、東京と比べればまだ規模は小さいかもしれません。しかしその分、経営者同士のつながりが密で、「あの会社はどうやっているか」という情報交換が活発に行われています。

Fukuoka Growth NextやFGN、各種のスタートアップコミュニティでは、人事の悩みを共有できる場が増えてきています。「うちも同じ課題を抱えている」という共感が、制度設計のヒントになることは少なくありません。

一方で、福岡のスタートアップの人事制度は、東京のスタートアップのコピーである必要はまったくありません。福岡の生活コスト、働き方の文化、コミュニティの密度——こうした地域特性を活かした制度設計が、結果として福岡ならではの人材吸引力を生み出します。

最初の人事制度は、完璧でなくていい。しかし「なぜこの制度を作るのか」「この制度で事業がどう変わるのか」という問いに対する答えを持っていることが大切です。勢いで走ってきたスタートアップが、仕組みの力で次のステージに進む。その転換点を支えるのが、人事制度の設計です。


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